第八期 第2回京都クオリア塾  令和4年6月25日/活動報告コンテンツの詳細ページ

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第八期 第2回京都クオリア塾  令和4年6月25日

 

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   「一神教とは何か!~原理主義と世界の動き」
                小原 克博(同志社大学神学部教授) 
                                                 2022年6月25日(土)10時~16時30分


イスラーム原理主義やアメリカ国内を二分する中絶問題など、日本人ではなかなか理解できない一神教について、同志社大学の小原克博教授から学びます。小原教授、京都は日本の精神的文化的中心都市だが、京都人の理解度が十分ではない、その理由は戦前の天皇中心の神道による宗教国家の反省に立って、戦後は政教分離、宗教教育が全く行われないことによるもの、と指摘します。一方欧米の個人主義は宗教改革なしに語れず、啓蒙主義などを経て段階的に積み上げられたが、日本人は宗教リテラシーにかける民族、と話します。


 ユダヤ教、キリスト教、イスラーム教、即ち一神教の文明論的な系譜を辿ったうえで、ユダヤ教の安息日は労働を禁止して社会格差をリセット、日常生活をリセットする日であり、このリセットに意味がある。またキリスト教は西洋的価値観のベースとなっており、とくにアメリカでは伝統と多様性をめぐる議論を重ねて変化してきた。アメリカ大統領選挙も保守VSリベラルの対立は教派の違いを分断している、と話します。そしてイスラームの金融は資本主義を相対化する視点として捉えることができ、ラマダーン月の断食は家族も含めた集団の身体的経験と位置づけました。

 その上で世界宗教は「変化」と「原点回帰」がキーワードであり、持続が難しい組織にとって学ぶべき要素は多い。日本社会は基調としては集団主義だが、世間はあるが個人はない。自己刷新のための原点回帰が求められる今、小さな成功体験を積み重ねるためにも一神教から学ぶべきことは多い、と結びました。


 この後塾生からは、日本人のアイデンティティと仏教との関係、中国における宗教の役割、科学VS宗教などについての意見や質問が相次ぎ、コロナ後を睨んで宗教をどう捉えるかの新たな視点を学ぶことができました。


 この後、妙心寺塔頭の退蔵院で、松山大耕副住職の指導による座禅体験。「禅は集中力を高め自分とは何かを明らかにするもの。具体的な目標を追求するマインドフルネスとは異なる」と松山副住職からお話を伺った後、座禅に取り組みしばし自分と向き合う時間をつくることができました。


 


 

第八期 第2回京都クオリア塾  令和4年6月25日の画像

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人間ひとりひとりの深く高質な感性(クオリア)に価値を置く社会、これは各人の異なる感性や創造性が光の波のように交錯する社会ともいえます。
京都からその実現を図ろうと、各種提言や調査、シンポジウムなどを開催した京都クオリア研究所ですが、2018年に解散したため、㈱ケイアソシエイツがその精神を受け継いで各種事業に取り組んでいくこととなりました。
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