第十一期 第7回京都クオリア塾 令和7年12月13日
第7回 2025年12月13日(土)
「科学と仏教」
佐々木 閑(花園大学特別教授)
釈迦仏教がご専門の佐々木特別教授、古代インドはバラモン教の世界で梵を頂点とする神々から人々は恩寵を受け、カースト制度の下それぞれのカーストにふさわしい暮らしをしていた。そして今から2500年ほど前に釈迦によって仏教が生まれる、私たちはみな平等に不幸である、その原因は生きているコトであり「老病死」から誰も逃れられないからだ、と語り始めます。ではどうしたらよいか。世界観をかえることであり、自我を捨てて「無我」になること、その為には日々のトレーニング、集中した精神力が必要と釈迦は説きます。
即ち「永遠に不滅の我」といった誤った前提を払拭して、偏りのない因果観の中で自己を設定できた時、自我意識と現実世界とのギャップから生まれていた苦しみは消え「涅槃寂静」の世界に入れると言う。佐々木特別教授はこのように科学と釈迦の仏教は心理を追究する世界観が同じなのです、と話されます。
ニュートンの万有引力、アインシュタインの量子物理、ダーウィンの進化論など近代に入って生まれた科学には、神なき世界で人間という存在だけを拠り所として納得できる世界観をつくらなければならなくなっていた。これに対して仏教も同じく神なき世界で人間という存在だけを拠り所として、精神的世界観を確立するために生まれてきた宗教、と語りながら、自己中心の世界が苦しみの原因で、真の現実世界は受け入れがたい不思議さを持っている、と塾生に語りかけられました。
そして生成AIの時代、AIのベクトル空間には、人間の気づいていないような法則性、現象の関連性の情報が既に含まれていて、「AIから法則を学ぶ」という時代になる。今まで人には崇高な精神、独自の想像力、繊細な感受性など特別な能力があると考えられてきたが、それらは全て単純な整理操作の繰り返しによって得られるものであり、AIは人の上をいく知的存在だとみとめざるを得ない、と結ばれました。
この後のディスカッションでは、「ブッダの教えとAI」「AIは欲望を持つのか」「自己向上とは何か」などについて活発な意見交換が行われ、論理的言語としての母国語の重要性、人生をどう構築するか、そして判断力を養うための哲学の重要性を共有しました。
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